2.飛ばないラケットでパワーを開放

飛ばないラケットのほうがラク!?

ラケットドックを繰り返し実施していると、売り場ではわからなかったことがいろいろ見えてきます。
その一つが「ラケット自体のパワーがその人本来のスウィングの邪魔になっている」というパターンのプレイヤーが意外に多いということです。

ラケットのパワーが大きければ、プレイヤーは自分の力をあまり使わずに返球できるので「体の負担が減る=楽ができる」という図式が、テニスをやっている方の常識としてあると思います。
事実、10年単位でラケット開発の歴史を振り返ると、それは「楽に打てるラケット=パワーのあるラケットの拡大の過程」だったと言っても過言ではありません。

ところがです。
この「ラケットのパワーが大きければ、プレイヤーは楽に打てる」というテニス界の常識とまったく逆の事例が、ラケットドックの現場では多く見受けられます。
つまり「飛ばないラケットに持ち替えたほうが楽になる」「飛ばないラケットのほうがショットの勢いが増す」というパターンがかなり多いのです。

これがオーバーパワーの場合の調節現象だ

最初のレポート(前号)でも書きましたが、ボールを打つときの最優先テーマは「相手のコートに入れる」ことですから、どんなラケットで打ってもコートに入れるためのスウィング、フォームの調節を無意識のうちにやり続けているわけですが、ラケットパワーが大き過ぎる場合、以下のような調節現象が現われます。

●インパクトの手前でフッと力が抜けてヘッドスピードが落ちる
●ラケットヘッドのスウィング軌道が、インパクト時に上方向に変化する
●肩の回転を途中で止めてラケットヘッドの回転半径を小さくする
●膝の伸び上がりを使ってスウィングのパワーを上に逃がす
●前方への体の移動をスウィングの途中で止める

■よく飛ぶラケット

■飛ばないラケット

3~4コマ目を比べると、上の画像では軸足への体重移動が不十分で途中で止まってしまっており、肩の角度もインパクト直後の1コマ目から変化していないが、下の画像では軸足の左足に乗り込んでおり、肩が回転してフィニッシュの振り切りも深くなっている。

飛ばないラケットに持ち替えたときの変化

飛びすぎる危険性を無意識のうちに感じているプレイヤーは、インパクト後も腕に緊張感があり、スウィングの始めから終わりまで、つねにラケットヘッドの動きが制御されているように見えます。
そういうプレイヤーが飛びを抑えたモデルに持ち替えると、少し雑に打っても飛びすぎないという安心感から、インパクトに向かってフェイスを無造作にぶつけていく動きが見られるようになります。

そして、インパクト後は腕が脱力してボールの飛んでいく方向にラケットヘッドが投げ出されるようになり、回転半径の大きいフォロースルーに変わります。
びすぎる不安が無くなると、スウィングの力をセーブすることなくボールにぶつけられるため、スウィングを調節する緊張感から解放されるのです。

「飛ばないほうが楽になる」というと逆説的ですが、スウィング中に力の入れ具合を調節し続けるより、スウィングパワーを解放して振り抜いたほうが身体の動きに無駄な力みや緊張がなくなり、動き全体に躍動感が出てきます。
簡単にいえば、スイング中のパワーを抑え込むより解放してしまうほうが楽だということです。

また、打球自体も、飛ぶラケットでの抑えたショットより、飛ばないラケットでパワーをぶつけたショットのほうが、明らかに伸びと勢いが生まれるのです。

「小さく固める」から「大きく流す」に変化する

打球の飛びすぎを怖れると、どうしても身体の動きを「小さく固める」傾向がフォーム全体を支配するのですが、飛びすぎの恐怖がなくなると、動きを「大きく流す」ようになります。
その結果、ショット後にあった「動きの途切れた静止状態」が少なくなり、動きを継続させて次のショットの準備に移れるようになります。

ショットとショットの間の動きに連続性が出てきて、全体的に流れるようなスムーズさや躍動感が出てきます。そういう時のプレイヤーは、急に元気良くなったように見えます。
ラケットを持ち替えることでスウィングが変わるだけでなく、ショットとショットの間の動きにも変化が生まれるということまでわかったのです。

ラケット市場に到来した新しい波

ここで再びラケット市場の歴史を振り返ると、パワーアップ化が始まった頃の「飛ばないラケット」と、今の「飛ばないラケット」との性能面での大きな違いに気が付きます。

中厚オーバーサイズがラケット市場の中心であった頃の「飛ばないラケット」は、スウィートエリアも狭く、オフセンターショットでは極端に打球が弱くなる「むずかしいラケット」でした。
それに比べて現在の「飛ばないラケット」はスウィートエリアが広く、しっかり打ったショットは抑えてくれますが、しっかりと打ち切れないショットでも生きたボールが行くようにプレイヤーを助けてくれる「やさしいラケット」が多くなっています。

ラケットの開発技術の進歩が「飛ばないラケット」=「むずかしいラケット」という図式を変化させて、「飛ばなくてもやさしいラケット」という商品群が生まれたのです。
その結果、スペック的にはむずかしそうなラケットなのに、実際に打ってみると簡単に使えそうなモデルが増えています。

(そんなときのプレイヤーの意識は「あぁ、自分もこんなラケットが使いこなせるようになったのか」と内心ちょっと嬉しいものなのですが、実際にはプレイヤーが上達したのではなく、むずかしいラケットがやさしくなってきたというのが真実だと言えます)。

■よく飛ぶラケット

■飛ばないラケット

上の画像ではインパクト後の4のコマで肘がたたまれたままなのに対し、下の4では前方に向かって伸びており、ラケットが一度前方に投げ出されてから戻ってきている。
また、5コマ目を比較しても上の画像では右肩の回転が浅く前に出ていないのに比べて、下の画像では大きく前に出てきている。

「飛ばないやさしいラケット」の拡大が・・・

これまでは「飛ぶやさしいラケット」か「飛ばないむずかしいラケット」かという選択で、「飛ぶやさしいラケット」を選んできた多くの一般プレイヤーにとって、「飛ばないけれどやさしいラケット」という新たな選択肢が用意されるようになったわけです。

ラケットドックを基盤にして今のラケット市場を見渡すと、その「飛ばないやさしいラケット」、言い換えれば「ストロークで無造作に打ち込めるわりにボレーが苦しくないラケット」のマーケットシェアは「元気なテニス」を目指して、今後拡大していくと予想されます。